【道路】「橋、高架の道路等の技術基準」(道路橋示方書)の改定について
今回は令和7年8月22日に報道発表されました「橋、高架の道路等の技術基準」(道路橋示方書)の改定について整理しましたので記載します。
◯国土交通省報道発表リンクは下記です。
「橋、高架の道路等の技術基準」(道路橋示方書)とは?
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日本の道路橋設計において、標準となる国土交通省の技術基準を記した通達のこと。
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道路橋示方書の改定の前に、まずそもそもの『道路橋示方書』について整理しました。「示方書」というものは、国土交通省が発信する通達(文書)のことであり、技術基準となるものです。以前の下記記事の最後に、道路法、道路構造令、道路法施行規則に関して、それぞれの役割を整理しました。まだ、読まれていない方は下記記事も参考にしてみてください。
今回は、「通達」という文言がありましたので、どのような役割があるか調べました。
法的な位置づけとしては、道路法→道路構造令→道路構造令施行規則という階層があり、「施行規則」の下に国土交通省の技術基準として道路橋示方書が位置していることがわかりました。
上記の位置づけについては、参考となるページがありましたので下記リンク先をご確認してください。
◯国土交通省 ホームページ「道路技術基準の体系」
つまり、道路橋示方書とは、日本の橋や高架橋の建設や維持管理の標準的な技術基準が記載されているものということになります。
この道路橋示方書(略して道示)には、解説書が公益社団法人道路協会により出版されており、「道路橋示方書・同解説」という書物があります。
一般的に本屋さんでよく見かけるのは、「道路橋示方書・同解説」です。公益社団法人道路協会とは、全国の道路技術者、道路関係者を中心とする個人メンバーである正会員、その他地方自治体、関係各種業界、諸団体構成されています。
「道路橋示方書・同解説」を読むことにより日本の橋や高架橋の建設や維持管理の標準的な技術基準を把握することができます。必要に応じて「便覧等」も確認するとより詳細な内容を把握することもできます。
改定内容について
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・安全性の向上、技術開発・新技術導入の促進、ライフサイクルコストの縮減を図り、適切な維持管理による橋の長寿命化を目的としている。
・令和8年4月1日以降、新たに着手する設計に適用される。
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今回の改定における主要なポイントは、大きく分けて以下の3つとなっています。また、3つのポイントの他に「編の構成」も変更されます。
★新しい形式の提案に対しても適切に性能を評価するための枠組みを充実
★様々な耐久技術の開発を見据え、耐久性能の評価方法を明確化
★能登半島地震を踏まえた対応(復旧性を向上させるための規定を充実)
順番に解説します。
新しい形式の提案に対しても適切に性能を評価するための枠組みを充実
平成13年の性能規定化以降に建設された新しい形式の橋について設計上の課題を分析し、少部材化などの構造の合理化と必要な性能の実現の両立が図られるようになりました。
具体的には、上部構造、下部構造、上下部接続部が備えるべき機能を評価する枠組みを新たに導入されています。
また、立体的な挙動をより適切に評価できるように荷重条件を充実されており、例えばウェブ間の温度差による変形の影響を考慮した立体的な荷重条件の導入などが行われています。
さらに、鋼桁やコンクリート桁について、構造の条件などによっては一部断面の塑性化が許容できるように限界状態の規定を充実させており、新設橋における減衰付加装置(ダンパー等)の適用条件も明確化されています。
詳細
◯改定の背景となった技術的課題
平成13年(2001年)に道路橋示方書が性能規定化されて以来、橋の設計はより柔軟で合理的になりました。性能規定化とは、「こういう性能を満たしていれば、どんな構造でも良い」という考え方のことです。これにより、エンジニアたちはより創意工夫を凝らした新しい形の橋を設計できるようになりました。
しかし、新しい形の橋を造り始めると、これまで経験したことのない問題も起きるようになりました。平成13年以降に建設された新しい形式の橋では、格点部の損傷、外ケーブルの定着部の損傷、波形鋼板と下床版接合部の損傷、隔壁と上床版接合部の損傷といった不具合の例が報告されています。これらの事例から、新しい構造形式に対応した適切な性能評価の枠組みが必要であることが明らかになり、下記の5点が改定されています。
◯1点目:立体的な挙動を考慮した設計への進歩
新しい形式の橋の提案に対して適切に性能を評価するため、少部材化などの構造の合理化と必要な性能の実現の両立が図られるように、上部構造、下部構造、上下部接続部が備えるべき機能を評価する枠組みが新たに導入されました。特に注目すべきは、少部材化などの構造の合理化による立体的な挙動をより適切に評価できるように、荷重条件が充実されたことです。
例えば、ウェブに鋼材を使ったコンクリート箱桁という構造では、サーモグラフィーによる温度測定の結果、上床版と下床版・隔壁(コンクリート)の間で5℃の温度差、左右のウェブ(鋼)の間で15℃の温度差が生じることが分かっています。今回の改定では、このようなウェブ間の温度差による変形の影響を考慮した新たな荷重条件が導入されました。
また、構造の合理化と必要な性能の両立のために、新たな照査の枠組みが導入されました。上部構造については、主桁・主構機能、床版・床組機能、立体的構造保持機能という三つの機能に分類されました。下部構造については、荷重保持機能と位置保持機能に分類され、基礎地盤や橋台背面も橋の構成要素と位置づけて要求性能が明確化されました。これにより、少ない部材で効率的な橋を設計する場合でも、必要な機能がすべて確保されているかを確認できるようになりました。
◯2点目:限界状態設計法の充実
鋼桁やコンクリート桁について、構造の条件などによっては一部断面の塑性化が許容できるように、限界状態の規定が充実されました。従来から橋の設計において塑性化を考慮した設計は行われていましたが、今回の改定により、より詳細で体系的な規定が整備されました。
これは決して危険なことではありません。道路橋の耐震設計においては、従来から大地震時に橋脚などの部材が塑性化してエネルギーを吸収することを前提とした設計が行われており、それによって橋全体の安全を確保しています。今回の改定により、このような塑性化を考慮した設計の適用範囲がより明確化され、経済的で合理的な設計が可能になります。
具体的には、新しく限界状態2が定義され、「残留変位が急増しない限界」として位置づけられました。限界状態1は弾性限界、限界状態3は荷重を支持する能力が完全に失われる限界として整理されています。
◯3点目:PC橋における設計の合理化
プレストレスト・コンクリート橋(PC橋)の設計においても大きな進歩がありました。従来のPC橋では、ひび割れの発生を原則認めない設計が原則でした。
しかし、今回の改定では、直線のPC桁において、引張応力を鉄筋が負担する設計も可能になりました。
これは、曲げひび割れの発生は認めるものの、そのひび割れによる引張応力を鉄筋で受け持つという考え方です。この設計法により、PC鋼材の使用量を減らして鉄筋の使用量を増やすことで、配筋の合理化やコンクリートの施工性向上が期待できます。ただし、この設計法は横荷重やねじれの影響が無視できる直線の単純桁などに適用が限られており、曲線桁や長期的なたわみが懸念される部材には適用を避けることが明確に示されています。
適用例として、両端固定の横桁、ポータルラーメン橋の主桁、橋脚の張出し部などが挙げられております。
◯4点目:新しい材料の導入
橋梁用高降伏点鋼板であるSBHS700とSBHS700Wという新しい鋼材が規定に追加されました。SBHS鋼は、鋼橋の建設コスト低減のために産学連携研究プロジェクトの成果により開発された高性能鋼材で、降伏点700N/mm²級の橋梁用高降伏点鋼板です(JIS G 3140)。高強度でありながら従来鋼よりも加工性・溶接性に優れており、予熱省略や予熱温度低減が可能です。鋼材規格の末尾に表示される「W」は耐候性鋼を意味します。なお、2017年11月に改訂された道路橋示方書にはSBHS400(W)及びSBHS500(W)が既に規定されており、今回SBHS700とSBHS700Wが新たに追加されたことになります。
降伏点が400N/mm²、500N/mm²から700N/mm²へと高くなったことの意味は大きく、同じ荷重を支えるのに必要な鋼材の断面を小さくすることができます。これは、橋の部材を薄くしたり細くしたりできることを意味し、結果として鋼材使用量の削減、橋の軽量化、建設コストの削減につながります。また、部材が軽くなることで、基礎構造にかかる負担も軽減され、下部構造の設計も合理化できる可能性があります。
橋梁の性能に適合した鋼材を選定することができれば、橋梁の性能向上のほか、橋梁の建設コストを縮減することも可能になる 橋梁用高性能鋼材 (BHS500, BHS700) の提案とされており、高強度と優れた溶接性を両立したこれらの新材料の導入により、より効率的な橋梁建設が期待されます。
◯5点目:減衰付加装置の活用
地震時の橋の振動を低減させるため、ダンパーなどの減衰付加装置を新設橋に適用する場合の条件が明確化されました。これらの装置は、地震時の橋の揺れを抑制し、橋の機能を確保するために設置されます。重要なのは、ダンパー等による減衰付加効果が発揮されなくても、橋が落下するような致命的な状態にはならないよう設計することです。過去の地震災害では、ダンパーの取付部が破壊した事例もあり、そうした経験も踏まえて適用条件が整理されました。これにより、新たな耐震設計技術の開発が促進されることが期待されています。
様々な耐久技術の開発を見据え、耐久性能の評価方法を明確化
耐久性能を適切に評価するため、橋の設計耐久期間の概念を新たに導入されました。設計耐久期間の信頼性を評価するため「設計耐久期間末の限界の状態」を新たに定義されています。 環境条件を制御する場合や複数の耐久性確保対策を組み合わせる場合の考え方を明確化されており、例えば箱桁内の除湿による環境制御や、塗装とめっき鋼線の組み合わせなどの複数技術の組合せの適用が可能となっています。 これにより、予防保全のタイミングを考慮した技術を選定することが可能となり、維持管理を前提とした設計が促進されることが期待されます。
詳細
◯耐久性能評価の革新
橋の長寿命化に向けて、耐久性能の評価方法が大幅に見直されました。最も重要な変更は、橋の設計耐久期間という概念が新たに導入されたことです。これは、橋がどのくらいの期間、設計時に想定した性能を維持できるかを明確に定義するものです。
従来の設計では、「100年もつように設計する」という漠然とした考え方でしたが、今回の改定では「設計耐久期間末の限界の状態」を具体的に定義しました。これにより、期間終了時に橋がどのような状態になっているかを予測し、必要な維持管理を計画的に実施できるようになります。耐久性を確保する方法は大きく二つに分類されました。
方法1は、劣化の影響を考慮して部材の寸法や構造を決める方法です。例えば、疲労や塩害による鋼材の減厚を見込んで、あらかじめ厚めの鋼板を使用する考え方です。
方法2は、塗装や表面保護工などの別途の手段によって、部材本体に劣化の影響が及ばないようにする方法です。
特に方法2では、塗装などの別途の手段に「劣化を許容しない部分」を定めることが重要です。例えば、塗装の場合、表面の塗膜が多少劣化しても、下地の無機ジンクリッチペイント部分は劣化させてはいけません。この劣化を許容しない部分に劣化が生じない限り、設計耐久期間中は部材本体の性能が確保されます。
設計耐久期間の概念導入により、初期建設費だけでなく、維持管理費用も含めた総合的なコスト評価が求められるようになり各種材料や工法の長期的な性能予測技術と、効率的な維持管理計画が重要になると考えられます。
◯複合的な耐久性確保技術
現代の橋づくりでは、複数の技術を組み合わせて耐久性を向上させることが一般的になっています。例えば、主たる方法として塗装を施し、さらにめっき鋼線を併用することで、どちらか一方の技術に問題が生じても全体としての耐久性を確保するという考え方です。
また、箱桁内部の除湿装置のように、環境条件をコントロールして腐食の進行を抑制する技術も規定に取り込まれました。これらの技術を適切に組み合わせることで、従来よりも長期間にわたって橋の性能を維持できるようになります。
重要なのは、これらの技術の信頼性を適切に評価することです。複数の技術を組み合わせる場合、それぞれの技術の特性と相互作用を理解し、全体システムとしての信頼性を確保する必要があります。
能登半島地震を踏まえた対応(復旧性を向上させるための規定を充実)
令和6年能登半島地震では、調査・復旧の最中にも規模の大きな地震動を複数回受ける中で、支点の確保や背面区間の通行機能の確保が課題となりました。 このため、支承部に障害が生じることを設計時点で想定し、復旧性を向上させるための規定を充実されています。具体的には、路面の連続性が確保されるように「橋梁接続区間」を設定し、橋の設計において背面の区間にも段差が生じにくくなるように橋台を計画することとしています。 上下部接続部や橋梁への接続区間などにおいて、復旧性を向上させるための対策が予めできる規定を充実されており、変位抑制構造の設置により段差が生じにくくする対策などが示されています。
詳細
◯:能登半島地震の教訓と復旧性の向上
令和6年1月1日に発生した能登半島地震は、橋の設計における新たな課題を浮き彫りにしました。この地震では、調査や復旧作業の最中にも規模の大きな余震が複数回発生し、橋の復旧作業が困難を極めました。特に問題となったのは、支承部の損傷による支点の確保の困難さと、橋台背面区間での大きな段差の発生でした。
支承は橋の上部構造と下部構造を結ぶ重要な部材ですが、地震時には大きな力が集中しやすく、破断や座屈などの損傷が発生することがあります。支承が損傷すると、上部構造の支持が不安定になり、応急復旧が非常に困難になります。
今回の改定では、こうした支承部の障害を設計時点から想定し、復旧性を向上させるための対策を講じることが規定されました。具体的には、支承高の低い支承を使用することで、損傷時の段差を小さくしたり、変位抑制構造として鋼製突起を設置することで、橋台背面部での段差の発生を抑制したりする技術が推奨されています。これらの対策により、万が一の被災時にも迅速な応急復旧が可能になります。
「壊れても早く直せるように」設計する視点も重要になり、被災リスクの適切な評価と、復旧性向上のための技術的工夫が必要になると考えられます。
◯:橋梁接続区間の概念導入
今回の改定で新たに導入された重要な概念の一つが「橋梁接続区間」です。これは、橋と土工区間を滑らかに接続するための区間で、橋の性能の前提となる範囲と土工との連続性を確保する範囲を明確に定義したものです。
従来の設計では、橋は橋、道路は道路として別々に設計されることが多く、その接続部分で段差が生じやすいという問題がありました。特に地震時には、橋と背面盛土の動的特性の違いによって大きな段差が生じ、通行に支障をきたすことがありました。
新しい規定では、橋台躯体背面部を橋の一部として位置づけ、その範囲では橋としての耐荷性能を確保することが求められます。さらに、橋梁接続区間では土工との連続性を確保するための特別な配慮が必要とされます。これにより、橋と道路が一体となった滑らかで安全な交通機能を実現できます。
編構成の変更について
今回の改定では、編構成についても大幅な変更が行われています。従来の5編構成から、橋の構成要素である上部構造、下部構造、上下部接続部に再編し、耐震関連も含めた荷重の設定や応答の算出、制限値などをそれぞれの編でひととおりの規定を網羅する構成となりました。 また、耐震、耐風については、我が国の橋の構造に与える影響が大きく、構造を計画する時点から合理的な構造となるように織り込まれることが必要であることから、共通編に取り込み、設計の上位段階から考慮する必要を明確化されています。
詳細
今回の改定では、示方書の編構成も大幅に見直されました。従来は材料別(鋼橋編、コンクリート橋編)や機能別(下部構造編、耐震設計編)に編が分かれていましたが、新しい構成では橋の構成要素である上部構造、下部構造、上下部接続部に対応した編構成に変更されました。
最も大きな変更は、耐震設計と耐風設計が共通編に統合されたことです。これまで独立した編であった耐震設計編は廃止され、その内容は各編に分散して配置されました。これは、耐震性や耐風性が日本の橋にとって極めて重要な性能であり、構造を計画する初期段階から考慮する必要があるという認識に基づくものです。
また、新たに上下部接続部編が設けられました。これは、支承や伸縮継手など、上部構造と下部構造を結ぶ部材の重要性が増していることを反映したものです。これらの部材は橋全体の性能に大きく影響し、特に地震時の挙動や維持管理においても重要な役割を果たします。
まとめ
令和7年8月に改定された「橋、高架の道路等の技術基準」(道路橋示方書)について、今回の改定内容と期待される効果について実践形式で600文字で下記のとおり整理しました。
令和7年8月に改定された道路橋示方書について、改定内容とその背景、期待される効果を以下に述べる。
第一に新形式橋梁の性能評価枠組み充実についてである。平成13年の性能規定化以降に建設された新形式橋梁において設計上の課題が顕在化したことを背景に、上部構造、下部構造、上下部接続部の機能評価枠組みを新たに導入した。立体的挙動をより適切に評価するため荷重条件を充実させ、一部断面の塑性化許容や減衰付加装置の適用条件を明確化している。
第二に耐久性能評価方法の明確化についてである。高度経済成長期に建設されたインフラの高齢化により適切な維持管理と長寿命化が喫緊の課題となったことを背景に、設計耐久期間の概念と限界状態を新規定義した。環境条件制御や複数の耐久性確保対策の組合せ考え方を明確化し、維持管理を前提とした設計体系を構築している。
第三に復旧性の向上についてである。令和6年能登半島地震で道路が各地で寸断され災害時の復旧性向上が急務となったことを背景に、支承部障害を設計段階から想定し対応策を講じることとした。橋梁接続区間の設定による路面連続性確保と変位抑制構造の設置規定を充実させている。
これらの改定により、構造合理化と必要性能の両立、予防保全を考慮した技術選定、災害時の迅速な機能回復が可能となることが期待される。
今回はここまでです。
ありがとうございました。
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